人生は白い犬(=尾も白い)

人生をあれこれ楽しんでいます。

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はじめてカメラでとらえた環天頂アーク(circumzenithal arc or circumzenith arc)

8月11日のことですが、少し涼しくなったので長距離ウオーキングが楽しめると朝から飛ばして歩いていたら急に太陽が気になって空を見上げてしまいました

10時57分撮影
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スマホ撮りですので全体が写せませんが、太陽を取り囲む虹、環天頂アークが見られるではありませんか!(^^)!

急いで家に戻っても8キロコースの終盤で、20分強はある
家に戻って一眼を取り出して撮影するまで見られるかどうか心配しながら速歩がちに歩き続けました

11時27分撮影
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環天頂アークは、別名、環天頂弧(かんてんちょうこ)、天頂環(てんちょうかん)、天頂孤(てんちょうこ)、逆さ虹(さかさにじ)などとも呼ばれます
環天頂アークは天頂を中心とする円の一部をなし、太陽のちょうど上方を中心とする弧で、太陽側が赤色、反対側が紫色となっています(~_~)
そして環天頂アークでは、色の見える位置が重なり合わないため、鮮明に分離して見えるのが特徴になるとか

フレアやゴーストが写らないように角度を変えたり、鮮明に映るように露出を調整したりで、30分以上撮り続けました

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11時33分撮影
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いったん書斎に戻り撮れた画像をPCで確認していたら、12時を過ぎていました

12時3分撮影
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ウオーキング中に見つけてから1時間超、かなりの長時間に渡って環天頂アークは鮮明に見えていましたが、12時を過ぎると南西の方向に水平になり、水平の帯の形状、つまり環水平アーク(circumhorizon arc or circumhorizontal arc)となり、次第に消えていきました(;_;)/~~~

 

| 天体撮影 | 16:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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彩雲~iridescent clouds~

昨年に引き続き、彩雲をよく見る
彩雲は、瑞雲(ずいうん)、慶雲(けいうん)、景雲(けいうん)、紫雲(しうん)などともいう

記紀(『古事記』『日本書紀』)の時代にもしばしば現れている自然現象で、記紀では“瑞兆”、つまり、良い事が起こる前兆、吉兆である。
気象現象ばかりか、吉事の前兆を示唆するとされるのに、品物、動植物、事象などがある
吉兆の反対の言葉は“凶兆”である

瑞兆を古来から為政者はさまざまに解釈し、利用していたこともあり、瑞兆が現れると、その地域の住人、発見者などに褒美を与えたこともある
褒美とは税の免除であったり労働免除であったりしたようだ

記紀の時代には珍しい現象や品物が吉兆であるかどうかをマニュアルに従って判断する役人もいた

古来より瑞兆とされるものには以下のようなものが挙げられる。
■竜、鳳凰、麒麟など伝説の生物の出現
■鶴、亀など吉祥とされた生物の出現
■甘露など伝説上の品物の出現、原因不明の芳香
■彩雲、新星など特異な気象、自然現象の発生
■玉、貴金属など希少な品物の発見、発掘
■吉夢

竜の形をした雲を見ることはあるが、それは瑞兆とはいえるのか

昨年から見た彩雲を紹介しよう

昨年5月福島市郊外で見た彩雲
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これは“環水平アーク(かんすいへいアーク)”とも言われるのだろうか、英語ではcircumhorizon arc、circumhorizontal arc)で、大気光学現象の一種。太陽の下46度の水平線上の薄雲に虹色の光の帯が見える
水平弧、水平環 とも呼ばれる


環天頂アーク(かんてんちょうアーク)
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太陽の上方に離れた空に虹のような光の帯が現れる現象で、“環天頂アーク”といわれるが、環天頂弧(かんてんちょうこ)、天頂環(てんちょうかん)、天頂孤(てんちょうこ)などとも呼ばれ大気光学現象の一種である
英語ではcircumzenithal arc、circumzenith arc、CZA)

環天頂アークと環水平アーク
P5232573環水平アーク

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以上の写真はいずれも福島市郊外で撮ったものである


そして昨年8月には我が書斎から彩雲が確認できた
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一日4時間ほどはウオーキングを楽しむが、スマホでははっきりと写せないため、彩雲が見られる気配がしたら一眼レフを持って歩くことにしている

今年5月下旬にスマホで撮った彩雲
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今月というか先週、風の強い青空の火に一眼レフで撮った彩雲
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「この現象は、日光が雲に含まれる水滴で回折し、その度合いが光の波長によって違うために生ずるもので、大気光象の1つである。巻積雲や高積雲、風で千切られた積雲などに見えることが多い」と、彩雲検索で出てきた

であれば飛行機雲でも見られるはずと、別の日、太陽がギラギラ輝く日に一眼を持ってウオーキングをした
折よく、太陽近くを通過する航空機が飛行機雲を作っている
目を傷めないよう注意して撮ってみると~

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そして昨日、いよいよ梅雨入り宣言
恵みの雨だが、彩雲にはしばらく出会えないだろう







| 天体撮影 | 11:32 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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那須八幡の群生ツツジを見に行った(~_~)

昨日26日、朝起きると前日に引き続き青空のまぶしい良い天気だったので、30数キロ離れた那須八幡に行ってきた
八幡は標高約1000mの高原で、展望のきく絶景が楽しめ、晴れていると関東平野の街並みやお隣の福島県白河市の街並みなどが眺める
環境省かおり風景100選・栃木県景勝100選に選ばれており、この時期は13万ヘクタールの地に約20万本ともいわれるツツジが群生する

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木の道を避け、わき道にそれて下っていく
人も少なく時間と場所を忘れさせてくれる、桃源郷のようなところと最初に来たときは思った

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どうやら普通のツツジは見ごろを終えたようだ

山の方角を眺めると那須山最高峰の茶臼岳が見える
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そしてドウダンツツジが見ごろであることを知る

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可愛い花だ

今年は数日出遅れたが、来年は山ツツジが見ごろの時に出かけてみよう

| | 14:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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大國魂神社の桜

大國魂神社に行く機会があった
毎年一度ほどは行っている

今年ははじめてのことだが桜の季節に行った

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拝殿
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外国人参拝客(?)も多いのか英語で参拝方法が書かれている
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この社(やしろ)は武蔵総社であり、武蔵國の護り神である大國魂大神がご祭神である
大國魂大神は出雲の大国主神と同じとされている

創建は景行天皇41年(西暦111年)とされる

本殿近くの桜
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そして社から東、道路一本隔てて国府跡がある

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しばしば一之宮と国府、その位置関係などを当ブログでは採りあげてきたが、武蔵国一之宮は現在のさいたま市にある氷川神社である
近くの聖蹟桜ヶ丘駅近く、多摩市にも武蔵国一之宮とされる小野神社があり、さいたま市にある女体氷川神社も武蔵国一之宮とされている

国府とは、律令時代、奈良時代から平安時代に令制国の国司が政務を執る施設(国庁)が置かれたところであり、今では県庁とでもいえるだろうか
そして国司とは知事とでもいえるだろうか
一之宮とは国司が赴任した後、一番最初に参拝に訪れる社であるが、さいたま市にある氷川神社は遠い、なぜ大國魂神社が一之宮ではなかったのか、毎回不思議に思いながら、大國魂神社から離れる

| 神社 | 15:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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淡嶋神社

和歌山県和歌山市の郊外、加太に淡島神社があると和歌山の知人に教えてもらった

で、橋本市滞在中に橋本市の住民MUM奥様に案内してもらった


淡嶋神社

加太淡島神社ともいう

御祭神は、少彦名命(すくなひこなのみこと)、大巳貴命(おおなぬちのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)である
なお、少彦名命は恵比寿様、大巳貴命は大国主命(おおくにぬしのみこと)などの名があるが大黒様である
この神社のHPを見ると、少彦名命が主祭神のようである

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淡嶋神社は、はじめ淡島、つまり加太の友ケ島の神島にお祀りされていた

神社のHPを一部引用させていただく

「御祭神の少名比古那神(すくなひこなのかみ)は神産巣日神(かみむすびのかみ)の御子で手俣(たなまた)からお生まれになったという小さな神さまですが、神代の昔、大穴牟遅科神(おおあなむちのかみ)すなわち大国主神(おおくにぬしのかみ)と共に心を一にし力を戮(あわ)せて此の日本の国土を御経営(おつくり)になり、人々だけで無く、鳥や蓄(けもの)に至るまで諸病を治す薬方をお定めになると共に裁縫の道を広められた、いわゆる医薬・裁縫の親神さまと称えられる御神徳の高いお神さまであらせられます。

一説によると「天照大御神(あまてらすおおみかみ)の女(むすめ)で、住吉大神(すみよしのおおかみ)の后(きさき)になられた『あはしまさま』が婦人病を患ったため海に流されてしまう。お嘆きになったあはしまさまは、『この悲しみから世の女性を救いたい』と仰せになり『紀州加太』に祀られた。」とあります。

この淡島さまの祭日が三月三日であったことから雛祭り(ひなまつり)とも結びつき、淡島を祈れば婦人病に罹(かか)らず丈夫な子を授かると信じられたのです。」

神社でいただいた『御由緒』を読んでも、神代の神々を御祭神にしていると書かれた後、「淡嶋様」の名称が出てくるが、よく読んでも関係が分からない
淡嶋に祀られた淡嶋様と少彦名命の御神徳(病を治る術、酒を醸すこと、裁縫の術を授けたこと等)とを結び付けているのであろうか

そしてここでは淡嶋様を医薬の祖神酒造の祖神と崇められている

さらに加太淡嶋神社という名称をみると、『御由緒』には次のように書かれている。

「息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)は応仁天皇を安産された。その後、御孫仁徳天皇が淡嶋に御幸し給うた時、御祖母の御崇敬ましました神様であるからとて今の加太の磯間の浦に遷し御祖母の命(みこと)をも合わせ祀られた。
それで加太神社と称え又旧宮の名による淡嶋神社とも又両名をとって加太淡嶋神社とも称え奉る」。(一部引用)

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さらに『御由緒』には、「当御祭神は医薬の祖神で荒れれますから諸病を癒し給う事著しく殊に夫人の病気平癒、安産、子授けが最も多い」ともある。

筆者の一番知りたい人形(ひとがた)の存在が全く分からなくなってきた

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鳥居をくぐって境内に入り、振り返ってみる

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本殿正面である

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そして様々な人形(ひとがた)がジャンル別におかれている

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社殿の左側奥の社に向かった

大国主社
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社殿左側奥
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末社
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中をのぞかせてもらった

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おびたたしい数の陽物が奉納されており、よく見ると陰物も奉納されている

安産祈念の社には陰陽石が置かれていることが多いが、多くは農業が盛んなところとの印象が筆者には強い
漁業盛んなこの地に陰陽物が報じられているのが意外であり、浅学を恥じる

おりしも今日は三月三日、淡嶋神社の主要な神事、祭事の一つである雛祭が執り行われるひである
この日は雛納および雛流の神事があることから、全国から多数の人形(ひとがた)が奉納される日だ


さてMUM奥様のお薦めで参道にある食堂で、ご当地名物‘おく貝’をランチにいただくことになる

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DSC_7937おき貝

これが思いのほか美味である

ところで生前我が母が言っていた‘淡島様’のことである
着飾った女性を見て「淡島様のようだ!」としばしば言っていた
着飾った神像でもあるのかと母の言った謎ときの意味も込めて当地に来たのだが、母の言う‘淡島様’は見当たらない
おき貝をいただいた食堂の御年輩女性に尋ねると全く知らないとのこと

帰宅してから姉に電話で尋ねると、‘淡島様’の母の発言は覚えているとのことで、現地では無縁と伝えると姉も
近所のお年寄りに尋ねても

しかし3月1日日曜日に千葉県在住のおば宅を訪ね‘淡島様’のことを尋ねたら、長年の謎が瞬間に溶けた
おばが子供の頃、着飾った女性が背中にお宮を背負い、‘淡島様’を名乗って歩いていたという
子供たちは当時この女性が通ると「淡島様」と言いながら供に歩いたそうだ
さらにおばはこの‘淡嶋様’が脚から流れ出ている血を見て、「かわいそうだ、淡嶋様がけがをしている」と嘆いたという
今となっては「あれは生理だったんだ」と述懐して話してくれた
母はおばとは一回り以上歳上なので、よく観察していたはずだが、生前私が訪ねなかったこともあり、詳しくは話してくれなかった
この女性は狂女なのか神がかりの女性なのか、今では誰にも尋ねようがない

最後に休日の貴重な時を主婦業後回しにして案内してくれたMUM奥様、ご案内にとても感謝しています

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| 神社 | 16:01 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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