人生は白い犬(=尾も白い)

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畿内の一之宮-その2

大鳥大社 和泉國一之宮

通称、大鳥さん
正式な社名は大鳥神社という

大阪府堺市西区にあるP5298926.jpg

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御祭神は日本武尊(やまとたけるのみこと)と大鳥連祖神(オオトリムラジノミオヤノカミ)とある。
『大鳥大社由緒略記』によると、社の起源は今から約1850有余年前、日本武尊をお祀りしたとある。
そして大鳥連祖神は、和泉の国に栄えた神別であり、大中臣と祖先を一つにし、大鳥氏という部族の先祖をお祀りしたとある。
なお、大鳥連は中臣氏と同じく天児屋命を祖神としていたので、大鳥連祖神は天児屋命ということになる。
しかし明治9年(1876年)の『官社祭神考証』では御祭神を大鳥連祖神としている。
以来、歴代の宮司は度々御祭神の変更を願い出たが、明治29年(1896年)の内務省社寺局長の通達回答により『官社祭神考証』を根拠にして拒否されている。
日本武尊が御祭神として認められたのは、昭和32年(1961年)になってからである。

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日本武尊は代12代景行天皇の第二皇子(みこ、おうじ)で、特に『日本書紀』に記述が多い。なお『古事記』では倭建命の字をあてる。

九州の熊襲(まそ)を征伐したり、東国を平定したりしたが、現在の静岡県焼津か静岡で騙されて火責めにあうが、伊勢の叔母・倭比売(やまとひめ:景行天皇の同母妹)から天叢雲(あめのむらくも)の剣(草薙剣)をもらっており、それで難を逃れた逸話は有名だろう。

なお天叢雲は、三種の神器(みくさのかむだから、さんしゅのしんき(じんぎ、しんぎ))の一つで名古屋の熱田神宮に祀られるとされる。
他は、伊勢神宮の御神体とされる八咫鏡(やたのかがみ)そして、宮中三殿の賢所には八咫鏡の形代としての神体の鏡が祀られている。
そして残りは八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)で、皇居に現存するとされる。
いずれも諸説あるようだ

日本武尊は東国を平定し、尾張の国を平定する際、草薙剣を持たずに、伊吹山の神と素手で戦うとして出かけていくが、痛手を負い病に陥ってしまう。
結果、伊勢国能褒野で薨去し、その地に葬られる。
しかしその陵墓から白鳥となって飛び、最後に大鳥の地に舞い降りたので、社を建ててこれを祀ったとされる。
なお御神域は1.5万坪の千種森(ちぐさのもり)と呼ばれ、6月は菖蒲園が見頃を向かえ、約50種10万本のハナショウブの観賞が楽しめる

二の鳥居
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拝殿に向かうが、見あげると、千木に鳥が止まっていた。
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カラスではなく白鳥ならな~っと、ありえないかもしれない偶然を期待したが

拝殿
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賽銭箱には鳳凰だろうか、これが印されている

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本殿は、平面が正方形で、正面・側面とも二間、妻入りで‘大鳥造’といわれる。
『大鳥大社由緒略記』によると、「神社建築史上一種の様式を保っており、その構造は出雲の大社造に酷似しており、切妻造、妻入社殿で出雲大社造に次ぐ古い形式を今日に伝えております」。
大社造と良く似ているが、外観の違いは入口が中央に配置されていることだ

社殿の特徴を確認しようと境内をうろうろするが、残念ながら全容が見られなかった

社殿は天正年間(1573年から1592年)の兵乱により炎上するが、慶長7年(1601年)豊臣秀頼によって再興され、さらに寛文2年(1662年)徳川家綱の命により境町奉行石河土佐守により再建されている。
明治35年(1902年)には特別保護建造物に指定されるが、明治38年(1905年)8月の落雷のため再度炎上し、明治42年(1909年)従来の形式で再建されている

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千木(ちぎ)や鰹木(かつおぎ)の形や数で、御祭神が男神か女神が分かるようになっているが、必ずしもすべての社にあてはまるものではない。
なお、千木は屋根の両端で交叉させた部材で、鰹木は屋根の上に棟に直角になるように何本か平行して並べた部材である。

御祭神からして文武の神であるから、平清盛、重森父子や織田、豊臣、徳川も祈願したり、社領の寄進や社殿の造営等に奉仕している。


さてお馴染みの国府所在地であるが、和泉の国の国府は、和泉郡にあって現在の和泉市府中町にあたり、建物跡が発掘されているとも特定できていないとも言う
なお、和泉国は天平宝字元年(757年)大鳥、和泉、日根の3郡が河内国から分立して成立している。

国司が国府に赴任し、かりに国府が大阪府和泉府中駅としたら、一番最初に詣でる一之宮・大鳥大社まで、6.7キロであるから、徒歩1時間23分(google map計算)になる。
他の国と比べると距離が短い方だろうか

次はさらに南下して紀伊國一之宮に行ってみよう
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| 神社 | 15:08 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

素晴らしい !

しかし良く知ってるね、quitaさんと一緒に旅行すれば楽しさ倍増やね・・・ゆくゆく鞄持ちの予定(~_~;) それより運転手の方が適してるかも、白ナンバーなら観光バスもOK e-271

地下でも方向はバッチリ、樹海もOKやで、星で方向が分かるよ、曇りや雨の時は<(_ _)>ゴメン・・・

まぁ神様の事は勉強不足だけど天体や航空機は私に任してね、今は高野山にぞっこんです、寺社仏閣は奥が深いから本気で対応しないと身につかないですねe-443

| 倉治 | 2013/07/19 19:00 | URL |

いやいや~

倉治さん

あっちこっち参考にして文章をつなぎあげただけかも~
しかし日本武尊が伊吹山で体力を失い、力尽きたのち、白鳥になって飛び立ち、それを追いかけるところの情景は日本書紀(だったか)目に浮かぶようでした。

運転士やとうかって上層部が言ってましたので、次のツアーのときに運転してくれれば、解説等に集中できるのでありがたいです~

高野山はなかなか文書にできませせんので今回の旅のブログには登場しません、悪しからず~v-17

| quitaviva | 2013/07/22 10:34 | URL |

屋根がすごいおしゃれだなぁ~と思いつつ、先日、ツレの仕事で、京都と三重にあるお伊勢さんまわりをしてきました。京都はすごいとおもったけれど、三重のは普通だったなぁ~となりつつ、思わず、quitaさんを思い出してる自分がいましたw

| gilbert | 2013/07/22 19:45 | URL |

gilbertさん

おツレさんは元伊勢研究者ですか?
確かにおっしゃるとおり、三重のはプリミティブな感じのものが多いですね。それに比べると京都のは仏教の影響が濃いのかなと思います。
どっちがいいのかは好みだけど、様式の変遷が分かると白い犬~!
本殿が見られないのが残念ですが、本殿の細部って見るところが多くて、何か発見すると白い犬~になります~

| quitaviva | 2013/07/23 11:11 | URL |















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