人生は白い犬(=尾も白い)

人生をあれこれ楽しんでいます。

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畿内の一之宮

畿内の一之宮に行ってみた

まずは大阪市住吉区にある神社に

住吉大社 摂津國一之宮

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大社前を路面電車が通る
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狛犬である
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角があるのが狛犬で、角がないのが獅子犬である

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絵馬殿には海にゆかりの神社ゆえの船の絵馬奉納画がある
寄贈主は当然のことながら造船業者である

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境内図を見ると広範囲に様々な社などがあることがわかる

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御由緒書きである。海とゆかりの御祭神などがわかる
そういえば古事記であったか日本書紀であったか、しばしばここの地名があった

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反橋(そりはし)である。太鼓橋とも言われ、石の橋脚は慶長年間に淀君が奉納されたものとされる。

てっぺんまで登ったところで振り返って見る
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手水舎である

住吉鳥居
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柱が四角形になっているので、角鳥居 (かくとりい) とも呼ばれている
この形は日本美術史でも神職研修の学びでも出てこなかった気がする

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鳥居をくぐると第三本宮だ

第三本宮
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御祭神は表筒男命(うわつつのおのみこと) である。
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第三本宮の向こう隣りが第四本宮である。

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第四本宮
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御祭神は神功皇后(じんぐうこうごう)。また皇后の名は、日本書紀では息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)である。

さらに奥に進み第二本宮前に立つ。

第二本宮
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御祭神は中筒男命(なかつつのおのみこと)である。


その隣りにあるのが神楽殿だろうか

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第一本宮に向かう

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御祭神は底筒男命(そこつつのおのみこと)である。

底筒男命、中筒男命、表筒男命は合わせて「住吉三神」と呼ばれ、これに第四本宮御祭神の神功皇后を合わせて四柱の御祭神となる。

記紀によると、伊邪那岐命 (いざなぎのみこと)が、火神の出産で亡くなられた妻・伊邪那美命 (いざなみのみこと) を追い求め、黄泉の国に行く。しかし妻を連れて戻ってくることが叶わず、逆に汚れを受けてしまう。その汚れを清めるために入海して禊祓(みそぎはら)いしたとき、住吉大神である底筒男命 、中筒男命、表筒男命)の3柱が生まれる。

なお神功皇后の夫は仲哀天皇であるが、天皇の急死後、住吉大神の神託により、お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島の新羅に出兵し、住吉の大神の力をいただいて、新羅遠征で大いに国の安定を築くことができた。そのため、神功皇后摂政11年(211年)、この住吉の地に祀られることになった。


第四本宮から第一本宮の配置だが、第一から第三までは直列で、第四のみ第三の横、並列に建てられている。
海ゆかりの御祭神故、「三社の縦に進むは魚鱗の備え 一社のひらくは鶴翼の構えあり よって八陣の法をあらわす」と言われていると聞く。

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第一本宮本殿
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所謂「住吉造」であり、神社建築史上最古の特殊な様式で国宝に指定されている。

これは次の3つの特徴からなる;
1) 柱・垂木・破風板は丹塗り、 羽目板壁は白胡粉塗り
2) 屋根は桧皮葺で切妻の力強い直線
3) 出入り口が直線型妻入式


本殿裏手をさらに進むと楠珺社(なんくんしゃ)に行ける。
この御祭神は宇迦魂命 (うがのみたまのみこと)である。
つまりお稲荷さんである。

ここから戻ることにするが、途中、第一本宮と若宮八幡宮との間に五所御前(ごしょごぜん)、別名「高天原 (たかまがはら) 」がある。

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はやりの‘パワースポット’やらであり、説明書きの通り、石探しの男女がいる。
最初なにをしているのか、落し物でもしたのかなと、いぶかっていたら、文字が書かれた石を探していると言う。

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三つをを集めて、授与所で袋を買い求め、石を入れてお守りにすると心願成就のご利益があるという。

授与所
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神社はある意味テーマパーク
人々は願いをかなえるために参拝するが、受入れ側としては様々な趣向で参拝客を迎え入れる


さて、摂津國一之宮が住吉大社とされているが、国司(律令時代の役職で国の行政官、現在の知事に相当)が国府に着任後どこからこの最初に参る一之宮に来たのであろうか

摂津国の国府がどこにあったのか、残念ながら分かっていない

しかし、承和十一年(844年)、難波鴻臚館を摂津国府の政庁に転用したとの記録が残っていようだが、その鴻臚館は渡辺の津にあったという。そして渡辺の津は現在の天満橋のあたりと推測されている。
さらに現在では淀川に渡辺の津ゆかりの渡辺橋がかけられている。

摂津の国を後にして、次は和泉國一之宮・大鳥大社に行ってみよう
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| 神社 | 15:05 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ふっと思えば、関西の神社て、関東や東北のものより、ものすごいカラフルのような気がするけれども、それて、やっぱり気のせいなのかもしれないなぁ~となっていました^^:

| gilbert | 2013/07/05 21:55 | URL |

お隣やのに(^^ゞ

 京都人、ナカナカ大阪の神社に行く事おへん。
近いのに行ったことあらしまへん。

 しかし、住吉はんといえば、平安のスーパー陰陽師・安倍晴明が、住吉の大明神の助けで疫病を逃れることができたという、
音楽説話集「體源抄」(たいげんしょう)の記述を思い出すところです。

 時は一条院の頃、
一条の小路で香色の直垂(ひただれ)を着た者と行きあった。
 蘇合香の曲を歌っている。

 その者なんと、住吉の大明神であり、この曲によって、疫病で死する筈だった晴明の疫病を四方に消除し、命を助けた・・・。
それから後、晴明の評判すこぶる高くなりて・・・。

 てな、下りで。

 quitaセンセの仰るように、古事記にもようでて来はりますから、強い力をもったはる神さんなんですねぇ。

 私もいっぺん伺ってみようかなぁ。

 gilbertさんが仰る、カラフルはやはり、遣唐使や貴族文化が影響してるんじゃあないでしょうかしらね。

 平安神宮なんて、それの代表的なものですよね。
いわゆる、「雅やか」ってヤツちゃいますやろか。

 quitaセンセ、勉強になります。次を楽しみにしてます。

| fflorence | 2013/07/05 23:13 | URL | >> EDIT

私もお隣だ〰

関西に住みながら住吉大社には行った事がないですね <(_ _)>
そして有名な神社ほど参拝者や観光客が多いから更にカラフルになるのでしょう、要はお金が有るんだね、まぁ何をしてもお金が必要だもんねv-476
地元の神社はひっそりして建物も古いです、言い方を変えればお金が無いのでしょうe-351
高野山のお坊さんはお金持ちです e-350
お金は控えて気持重視での参拝が重要ですねe-420

| 倉治 | 2013/07/06 06:47 | URL |

仏教の影響鴨~

gilbertさん

仏教が国教となり、「神道も仏教にならえ」の掛け声(あったかどうか~)と言うことで、そしてまた仏教の一部としての神道(習合)などで、渡来お寺のようにカラフルになったのだと思います。時代が進んで関東ではカラフル差が少なくなっているのではと考えています。

| quitaviva | 2013/07/06 15:34 | URL |

色の意味~

fflorenceさん

仏教につき物の色ですが、それぞれに色の意味があります。
記紀によると色による差別は衣服にも表れており、僧衣や神職衣にも色の差による区別があります。

仏教が国教となった時点で、神道はその影響を受けており、本来は「神山に居わす」の神様が里宮として寺院用の建造物として定着したという経緯があります。

仏教とは異なる神道ですが、神仏習合という政策もあったので、影響が建造物のスタイルにも、さらに願主(建造主)の希望、地域文化の事情等もあって、それぞれのスタイルになったと考えます。

| quitaviva | 2013/07/06 15:43 | URL |

灯台元暗し~

倉治さん

東京にいて歌舞伎を見てない、東京タワーにも上ったことがないってのは、パリにいてエッフェル塔に登っていないってように、古今東西あるようですね。
でもその土地、自分の住んでいる土地ということで視点をイロイロ変えながら見ると白い犬的かも~

お寺も神社も、ビジネスとして成功しているところは修繕費も豊富にありますから、色々とできるようです。
しかし集落の人口減少による氏子制度の崩壊が進むと、中小弱小の神社は苦しいものがあり、宮司継承者もいなくなり、式内社にもかかわらず、宮司不在の事態もままあります。

有名神社ばかりでなく、地方の弱小神社を精力的に訪問しているので、心痛む事態を多々感じています。

| quitaviva | 2013/07/06 15:49 | URL |















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