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高千穂紀行-その3

秋元神社

一日でたくさんの神社を見ることになったが、まずは最初に秋元神社に向かう

初めて高千穂を訪れた2010年、道の駅高千穂にある情報施設で‘水関連の神社’‘湧き水のある神社’のキーワードで尋ねてみた
元お嬢さんの係員はすかさず「秋元神社」を薦めてくれた。
しかし場所を尋ねると、道の駅からはかなり遠いことが分かり、訪問を断念した

今回、10名の人たちと高千穂を訪れることになり、数ある高千穂の神社の中からをどこを選ぼうと考えたが、やはり現地の人に尋ねるのが一番ということで、縁あって知り合った現地在住の神社メイトのブログを参考にし、電話やメールで打合せに相談してもらい、秋元神社の訪問を決めた

神社に関心を持ったきっかけの一つは芸術学を学んだことにあり、「何故その神社がそこにあるのか」が出発点であろうか

さて、ホテルを8時半に出発し、高千穂の町を通り越して、美しい高千穂鉄橋を左に眺めながら岩戸川を渡る。
さらに218号線を進み、美しい棚田や五ヶ瀬川を眺めながら延岡の方向に進む。
218号線を左折し、美しい高架橋・天翔大橋をわたって五ヶ瀬川を渡り、いよいよ道幅が狭く、そして曲がりくねった道50号線を進んでいく。
途中、向山や秋元といった集落を通過するが、道幅が狭いので、対向車が来ら万事休すである
もちろん要所要所に退避スペースはあるのだが、退避スペースがないところでのすれ違いとなったら

山岳運転には自身があるし、茨城や福島などの神社調べの時の一車線の参道を数キロ進み、対向車なしの幸運に恵まれているが、毎回運に恵まれるとは限らない。
更に愛車とは異なり、三菱デリカという8人乗りの大型車の運転も勝手が違う

思わず、Breathtakingという英単語が何ども脳裏に浮かんでくる。
正に‘肝試し’‘運試し’の道路である

現地在住の神社メイトの道案内は、まるで猿田彦の誘導のように見事である

対向車との大した遭遇もなく、またまた恵まれているというか、9時過ぎに神社のお召でたどり着くことができた

秋元神社鳥居
P9150614.jpg
樹皮を剥いだだけのシンプルな鳥居は神明式になるであろうか。
このようなプリミティブな鳥居は新撰に目に映る

鳥居脇には水舎があり、手水で清める。
また鳥居前には数台の車が止められるが、公衆トイレもあるのがありがたい

鳥居を潜る前に祭神等の記された看板がある。

P9150613.jpg
御祭神は、国常立命(くにとこたちのみこと)、国狭槌命(くにさつちのみこと)、豊斟淳命(とよくみぬしのみこと) とある。
ずいぶんと古い神様である。
‘古い’と言った理由は『古事記』では神代記(だったか?)に現れる神々で、神世七代(かみのよななよ)、つまり、天地開闢のとき生成した七代の神の総称またはその時代である。

伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)の夫婦神も神世七代に入る。
そして伊邪那岐神より生まれた神の一柱に天照大神がいる。

国之常立神は『古事記』にも、そのあと編さんされた『日本書紀』にも登場する神であるが、日本版『ノストラダムスの大予言』とも称される『日月神事』に登場する神である。

国狭槌命は『古事記』には登場しないが、『日本書紀』には登場する。
しかし詳しい記述はない。
豊斟淳命は『古事記』にも『日本書紀』にも登場する神であるが、神話には名のみ登場するだけで神格は詳しくし記されていない。

いずれにせよ、神世七代の三柱が祀られる神社は、浅学の私にとっては、とても珍しい

鳥居を潜り、祓詞を奏上し、穢れを払って参道を登る。

P9150615.jpg

拝殿前の鳥居
P9150616.jpg
二の鳥居になるのだろうか。
拝殿左、写真左には湧水があり、いただくことができる。
飲んでみると確かに名水である

拝殿
P9150618.jpg
敬意を評して大祓詞を奏上した。

本殿
P9150619.jpg
P9150620.jpg

写真を撮り忘れたが、拝殿右側には神楽殿があり、神楽が奉納される。

さて、一の鳥居近くにある由緒によると、諸塚大白山中腹に創建されていたが、天和三年に現在地に建立とされる。
天和三年とは西暦1683年で、前年の1682年には江戸大火(八百屋お七の火事)があった。
享保17年(1732年)11月23日当守護牧野越中守時代に諸塚太子明神と称し、明治6年(1873年)秋元神社と改称されている。

古い社名からすると、山岳信仰というか修験道、神仏習合の社と推測できる。
現に本殿裏手には登山道が確認できたが、今は廃道になっているようだ。
諸塚大白山への山道だったのであろうか。

ここで諸塚大白山という名称が気になったのでネット検索してみた。

検索ヒットしたのHPから引用させてもらうと、、、、、、、、、

「諸塚山は六峰街道中程にある1342.5mの山です。古くから大白山、大伯山、諸羽の山、諸塚山の名前があり現在は山頂に多くの塚がある事から諸塚山の名称」。

「山上の諸塚神社の祭神は二十八柱と大変多く、しかも天孫降臨以前の天神七代の祖神十三柱も含まれます。筑豊・英彦山、霧島・高千穂峰と並び、古くからの修験道の道場のひとつ」。

なんだか、あれこれ考えていて、ネットサーフィンしたり、記紀を眺めていたら、あっという間に夕方近くになり、雨の日曜日の骨休めができたようだ。

今回はなんだかマニアックになりがちだったが、たまには頭の体操もいいものだ

~続く~
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| 神社 | 15:15 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

神様カードで猿田彦をひいただけありましたねe-454e-420
ステキな祝詞でしたよe-343
私も、がんばって覚えなきゃe-287

| メグラン | 2012/09/23 22:10 | URL |

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2012/09/24 06:51 | |

言霊~

メグランさん

大祓詞は二箇所ほど間違えました~
間違えたことを気づいた人は同行者の中に1人だけいましたけどv-12
間違えたりつかえたりりすると、言霊となって飛んでいきませんよね。

| quita | 2012/09/24 12:34 | URL |

アンガトね~

覆面様~

自分でも整理しないと知識として定着しませんので、ネット等で詳しく調べて書いています。
もちろんどの道を通ったのかも木になるリンゴだから、google mapで道筋なぞりながら書いていますよ~

今度は覆面じゃなくて、公開で書いてね、後悔させないけど、航海には行きたい~

| quitaviva | 2012/09/24 12:38 | URL |

???

管理人のみ閲覧できますって何でしょう、システムが良く分らないですe-448 まぁいいっか。
やはり建物にe-317がいきます、瓦屋根が少ないようですね、やはり金属屋根が多いようです、違う見かたで申し訳ないですv-421

| 倉治 | 2012/09/27 15:19 | URL |

覆面様

倉治さん

メールを一般公開したくない人が居てるんですよ。
管理人だけ閲覧設定ってのがあるんですわ~

関東でも瓦は少なく、スレート(っていうのかな)屋根、金属の屋根が多いかな~
あとは木の屋根(なんつうの?)ですね。

伊勢では茅葺が多かった気がします~

| quita | 2012/09/27 16:21 | URL |















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