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武蔵国一ノ宮巡り―おまけ

中山神社(中氷川神社)

国府が置かれたから府中、それで大国魂神社が武蔵国一宮と思ったら、そうではないことが分かり、小野神社に足を向けた。
そして後日、大宮にある氷川神社と、東浦和駅からバスで向かった氷川女体神社に行ってみた。
それらを二回に分けてブログに書いたが、書いているうちに、中山神社(中氷川神社)の存在を知った。

さらにwikipediaによると「氷川神社と氷川女体神社の直線上にあり、広大な見沼を挟んでちょうど中間に位置する。太陽は夏至に西北西の氷川神社に沈み、冬至には東南東の氷川女体神社から昇るという、稲作で重要な暦を正確に把握するための意図的な配置となっている。」とある。

Google mapで検証すると、次のようになる。

氷川位置関係
Aが氷川神社、Bが中山神社(中氷川神社)、Cが氷川女体神社である。
徒歩での所要時間で検索したが、3つの神社の位置関係は確かに直線に並ぶ。
そして、道路上の移動計測で、AからBまでが4.5キロ、BからCまでが3.9キロ、計8.4キロになる。
1キロ15分で歩くとして、2時間弱の徒歩移動になる。
8月下旬の暑い日だったので、歩くのは断念して、大宮駅からはバスで向かった。


大きな道路にあるバス停で降り、直接神社に向かわないで逆方向に鳥居があるのが分かったため、まず最初にそちらに足を向けた。

P8240001.jpg

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この鳥居から神社に向かうが、参道の中ほどには県道1号線が通る。

P8240005.jpg

交通量が多いので、気をつけて道路を渡り、神社前の参道に行く。

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県道1号線入口には「中山神社」とあるが、鳥居には「氷川神社」とある。

P8240011.jpg

創建は崇神天皇2年(紀元前95年頃)で、氷川女体神社と同年代になる。
ちなみに大宮氷川神社の創建は、孝昭天皇3年(紀元前473年)4月という。

中氷川神社の名称は、大宮氷川神社と氷川女体神社の中間に位置することから付けられたようだ。

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摂末社の八社かな?

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御火塚

鎮火祭が12月8日に行われていた。
炭火の上を素足で渡って無病息災と火除を祈願する、というから、修験道のような感じかな?

御火塚の反対側にあるのは、神楽殿なのだろうか?

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拝殿には「中山神社」とある。

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他の氷川関連神社と同様の御祭神である。

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本殿裏手には、さいたま市指定文化財がある。

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現、本殿である。

そして裏手には旧社殿がある。

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P8240042.jpg
残念ながら細部が良く見えず、造りの特徴が読み取れない。


本殿裏手である。
社殿とも言うのかな?
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そして再び拝殿正面に行くと、ポスターがあった。

P8240051.jpg
埼玉県神社庁主催のコンテストである。
なかなかのコンテストだ~
まだまだ締め切りに間に合うが、造形美を追及した学習から年月が経ち過ぎたので、アイデアが浮かばない。


拝殿を背にして、鳥居越しに参道を眺める。

P8240052.jpg

鳥居に向かい、振り返って拝殿を眺める。

P8240055.jpg

社務所がどこにあるのか分からず、連絡先の電話番号があるのみであった。
それ故、神職から直接話を聞くことは出来なかった。


境内を後にして、周辺の立地を眺めてみる。

P8240057.jpg

周辺は完全に住宅地になっている。

そして神社の裏手に足を運ぶ。

P8240059.jpg

さらに回り込んで眺めてみる。

P8240061.jpg

小高い丘の上に神社が立地し、現在では周辺に住宅地が並んでいる。

想像力をたくましくして、三つの神社の位置関係、当時の神社の周辺立地を思い巡らせて見る。

再びWikipediaで大宮氷川神社の記述を読んでみる。

「富士山と筑波山を結んだ線と、浅間山と冬至の日の出を結んだ線の交差地点に位置する。また、大宮の氷川神社・中川の中氷川神社(現 中山神社)・三室の氷川女体神社が浅間山と冬至の日の出の線上に一直線に並ぶことから、この三社が男体社・女体社・簸王子社として一体の氷川神社を形成していたという説がある。なお、この三氷川とかつて大宮の氷川神社境内にあった三社(男体社・女体社・簸王子社)がよく混同されるが別のものである。」

太陽の位置関係による三社の位置だが、創建が紀元前5世紀から紀元前1世紀にかけて、マヤ文明など他の文明のように、農耕民族特有の考えで、建てられたのであろうか?

そして往時の武蔵野原生林にあっては陸地を進むには、ジャングルの中を進むほどの困難があったはずだ。
計測して三社を配置したのであろうか?
いくら考えても資料もなく、浅学故に答えはでない。


現在、中氷川神社(中山神社)周辺からは、副都心の巨大なビルが眺められる。
涼しくなったら三社を歩いてみるのも一考だか、それにしても、結果的には???が増えてしまった。

武蔵国一宮関連はこれでおしまいにします。
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| 神社 | 10:19 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

大黒様、quitaさんの神繋がりですね!スサノオとイナダヒメも御祀りされているんですね〜。もや〜っと色んなのが写ってる感じですかねe-257
「やさしい神だな」なんだか惹かれますねe-68
七五三縄も、そこそこで違うから不思議ですわ。
また、勉強になりましたe-51

| メグラン | 2012/09/02 21:24 | URL |

「やさしい神だな」

メグランさん

今までの神棚は‘やさしくない’のでしょうかね?
神社検定といい、デザインコンテストといい、人々の関心をひきつける努力をしているんですね。
とにかく神社は身近な存在だし、他の宗教を受入れない人以外なら、必ず足を向けるところですよね。
生まれてから最初に行くのがお宮詣で、そして七五三と続きますね。

パワースポットとも言われているので、居心地のいい神社もありますね。
今回の一連の氷川神社巡りでは、それぞれ居心地良く感じられました。

| quita | 2012/09/03 13:16 | URL |

やさしい神だな・・・のポスターがすごい面白いというか新鮮かもです。。神社にも色々と種類があるのだなぁ~と思いつつ、言われてみれば、どんな田舎にも神社て、必ずあるなぁ~とかあれこれ思いつつ、拝見してました^^

| gilbert | 2012/09/04 20:56 | URL |

神社のパン

gilbertさん

神社のパンというのは、ジンジャーブレッドですよね?
いやこれまた大変失礼しました!

神社庁に登録されている以外に大量の神社がありますよね。
その中で恐ろしいのは廃社です。
二度ほど怖い思いをしました~

この中山神社の参道ですが、「ゴミを捨てるな」と「痴漢に注意」って看板がアッチコッチに目立っていました。
撮って来ればよかったなと、後悔です。

| quita | 2012/09/05 12:59 | URL |















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