人生は白い犬(=尾も白い)

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戦争と言う狂気(・。・;

7月中旬、日本航空が羽田空港からホーチミンへの便を就航させたことにともない、格安ツアーが売り出され、それに便乗して行ってきた
今回で231回目の渡航になるが、記録によると、ベトナムには1973年7月に立ち寄っている
その時はエールフランスの南まわり便で、当時のサイゴン空港にトランジットで立ち寄っただけなのだが、通例のトランジットとは違い、空港ビル待合室には入らず、機内待機をさせられ、窓から外を見ると兵隊さんがライフルを持って飛行機を取り囲んでいる状況を確認した

おりしもベトナム戦争末期、1960年12月に始まった南北ベトナムによる戦争は1975年4月30日のサイゴン陥落で終結した
だから戦争終結およそ2年前に空港だけであるが、立ち寄ったことになる

羽田空港を午前1時25分に飛び立った日本航空機は、およそ5時間後、現地時間の午前5時にタンソンニャット国際空港に到着した
時差は2時間、日本時間よりも2時間遅れる


タンソンニャット国際空港
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今回は主たる目的もなかったが、町の散策で町の概要を知り、市場で食生活を垣間見、そしてミュージアムをいくつか訪れることにした

まずはベトナム歴史博物館(Bao Tang Lich Su)へ

ベトナム歴史博物館
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その国の概要を知るのに、ミュージアム(博物館または美術館)は必見だ

昼の閉館時間が迫っていたため大急ぎで眺め、レユアン通りを再び市中に向かって歩くと、航空機や戦車などの展示物のある建物に気が付いた
日曜日と言うこともあって、建物一角では結婚式が行われていた

建物のベトナム語表記がわからなかったので、どのような施設であるかは帰国して知った、Ho Chi Minh City University of Social Sciences and Humanitiesとあるので、ホーチミン市社会科学人文大学とでも訳せるだろうか~
そのキャンパスの一角に置かれているのがベトナム戦争の遺物である




ホーチミン市社会科学人文大学
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そして結婚式の参列者だろうか、戦争の遺物を背景に記念撮影をしている一般市民も

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あのおぞましい経験を忘れてはいけないということでの遺物の展示だろう


さらに通りを市中に向かって歩いていると、高い塀と厳重な警備の建物が目に付いた
US Consulateとあるから、米国総領事館だ
ここでまた記憶のフラッシュバックなのか、ベトナム戦争終末期にこの建物から米軍ヘリが避難民を乗せと飛び立つ光景、一般市民が避難しようと総領事館敷地に入ろうと必死で動いているシーンなどが脳裏に浮かんできた

こうしてホーチミン(旧サイゴン)の町を歩いていると、戦争の痕跡が私の脳裏に突然浮かんでくることが分かった、そして私が見聞きしたことは、アメリカ寄りの報道に偏っていたのではないかとの疑問も当然のことながら思い込むようになった


ここでランチタイムになったので、大型商業施設のフードコートでランチを採ることにして、午後はいよいよ戦争に関する展示資料があるというミュージアムに行くことにした



戦争証跡博物館(WAR REMNANTS MUSEUM)

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博物館に近づくにつれ、敷地内に飾られた、往時の戦車や航空機などが目に飛び込んでくる
15000ドン、およそ75円の入場料を払い、展示室に向かう
室内は写真資料による展示が主流で、順路は左回りだ
最上階にある展示室フロアに向かい、左回りに資料を見学しながら階下展示室に向かい、最後に敷地内の展示資料を見ることにした

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国内外の観光客が熱心にそして寡黙に資料を見ている

ミュージアム評論家を自称する筆者だが、すぐに資料撮影をする気にはならなくなってしまった

かつて宗教美術の展示資料を眺めていて、聖像のあまりの迫力に涙したことがあるが、その時と同じではなく、あまりにも生々しい写真資料に心の底から驚いてしまったのだ

人間はこんなにも残酷になれるだろうか、戦争と言う大義のもとに
言葉も出ず、メモ資料もとれなくなった

そして日本で報道されたので見知った写真もちらほらあるが、まったく報道されていない、日本のマスメディアに採り上げられていない写真も見られて驚愕した

米軍の大型機が撃墜され破片になって地上数十メートルところをストップモーションのようにスティールカメラで撮られた写真~
ソンミ村の虐殺の写真~
市中で短銃による銃殺の瞬間の写真~
子供をかばいながら川を泳ぐお母さんの写真~
ナパーム弾を浴びて裸で逃げ惑う少女の写真~
枯葉剤で緑がなくなった樹林の写真~
枯葉剤の影響で奇形になった人々、赤ちゃんの写真、そして胎児のホルマリン漬け~
枯葉剤の影響を受けた米軍、帰国した元兵士、その兵士の子供や孫の写真~
日本人カメラマンの銃弾を受けたカメラ~
などなど

すでに見たことのある写真もあるが、多くは初めてみるものだ!
ネット検索で「戦争証拠博物館」で検索すると、それらの写真が見られるが、私には、あまりのことに撮ることができなかった

展示資料を眺め、最後の展示資料室から出てくると、売店のようなところから音楽が聞こえてきた
演者をなにげなくながめると、枯葉剤の影響と思われる様相の若者が音楽を演じていた、両目がなく、鼻も小さな容貌だった
ベトナム戦争が終わって39年も経つというのに、今日でも枯葉剤の影響を受けた人たちがいる




敷地内で航空機などを撮っていると、Tiger Cages、虎の檻という展示施設の入り口の存在に気が付いた
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虎の檻といえば、ランボー映画だったか、ベトナム戦争を題材にした映画で見知ったことがあるので、中に入ってみることにした

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ここは写真資料と、捕虜の収容状態を人形モデルなどで見せるている

そして拷問の凄さを写真で見せてくれる、つまり拷問された囚人が生還した後の指先、つま先、エックス線写真による骨の形状などをだ

そして、虎の檻
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動きを拘束されたうえ、狭いむき出しの有刺鉄線の檻に囚人を閉じ込めたのだ

さらに死刑執行台、ギロチン
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自分がこのような状況に置かれたとしたら、閉所恐怖症故に、確実に神経がやられたと思う
では逆に被拘束者となったら............

感情を入れることなしに、この場にいることはできなかった

虎の檻を離れ、敷地内の航空機などを何も考えずに撮ることにした

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しかし人はなぜ戦争と言う大義で人殺しをするのであろうか

そして当事者になったら、私は、あなたは、いったいどうするのか
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| 旅行 | 11:25 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

絶句!

戦争とは・・・私自身には結論が出ない、いくら平和な世の中だと言っても平和な地域に住んでるからです。

ベトナム戦争の内容は完璧に把握してないですが、もしもテロ等で家族が悲惨な目に会えば私も残酷な兵士になるでしょう、それによって相手も更に残酷になる、当然私も更に乱暴〰状態に陥るでしょう。

そして母国が他国から攻撃されれば私も参加するでしょう。

とりあえずベトナムでは過去の戦争傷跡をバックに記念撮影するぐらいだから見た目は平和。

深く考えて欲しいのは、原爆犠牲者、枯葉剤やナパームによる犠牲者、そして今でも一部の地域では戦争が続いている。

宇宙の果て議論と同じ、戦争も解決出来ないテーマだと私は思います。

| 倉治 | 2014/07/28 17:02 | URL |

悲しみ憎しみの連鎖(T_T)

倉治さん

お久しぶりです、そして久しぶりのコメント、ありがとうございます<m(__)m>

確かに連鎖が止まりませんよね((+_+))

死刑賛成か死刑反対かも同じような理屈ですよね(+o+)

しかし今現在でも戦争で多くの人たちの命や財産が失われているという事実<`~´>

他人事ではないと思いながらニュースに接し、微力でもなにかできないかと考えて行きたい、生きたいです($・・)/~~~

| quitaviva | 2014/07/29 11:33 | URL |















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