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吉備の神社めぐり~

11月末、機会があって、吉備の国の神社めぐりをした
某組織の岡山・島根(出雲)ツアーの同行をしたからだ
ツアーの訪問地を選ぶ際、主宰者より企画の意図を聞かされてから企画立案し、現地訪問の運びとなった

広島空港に参加者が集合し、スタートしたのは午後15時過ぎ
最初に訪れたのが吉備津彦神社である

この時期は暮れるのが早いということで、吉備津彦神社の氏子副総代かつ「吉備の中山を守る会」会長さん自らのご案内で我々の求めるところを時短で見せてもらった


吉備津彦神社

備前国一宮である

一宮とは、過去にも触れたが、律令国家において、国府(現代の県庁所在地に相当)に国造(くに の みやつこ・こくぞう・こくそう。現代の知事にほぼ相当)が治める国に派遣された際、一番最初に詣でる宮である。

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主祭神は、大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)、第七代考霊天皇の第三皇子(みこ)であり、別名は彦五十狭芹彦命(ひこいさせりひこのみこと)である

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今回の旅は中山めぐりであるから、社(やしろ)参拝の時間は短くして、氏子副総代から神社とその背後にある中山のブリーフィングを受けて、早々に社を立ち、山に向かった

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本殿背後にそびえる中山(標高175m)には様々な遺構がある。


吉備の中山

中山茶臼古墳古墳(伝・大吉備津彦命の墓、全長120mの前方後円墳。宮内庁が管理)を参拝してから、御陵敷地内の穴観音を見る

穴観音
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仏像を刻んだ石の側面に穴がある。中山茶臼古墳の埋葬者を拝む磐座である。

『日本書紀』によると、仏教が伝来したのは飛鳥時代、552年(欽明天皇13年)の時とされるから、古墳敷地内にこれらの像がおかれたのは、古墳が造営されたかなりの後のことである。

さらに奥に進む

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ストーンサークルのようなものとも取れるが、検証できていないようだ

ダイボーの足跡
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大坊主(大坊)の足跡と言われる窪地である。細谷川の水源、水の祭祀場とも推測されている。

八畳岩
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祭祀の道具が発見されていることから、古代の祭祀場である

古来から巨石信仰はあり、これが自然信仰、転じて、山岳信仰、修験道などになる

神道では「神、山におわす」であり、仏教の影響を受けてから今日おなじみの神社という形がある。
これは「神道は仏教に習え」ということで仏教が国教になって以来、従来なかった神道の形が仏教を模して造られたのである。

古神道では、祈念事がある際、神職が執り持ち、降神していただき願い事を聞き入れてもらい、昇神していただく。
その際の清めの場として、信仰の対象となる岩がある。
この岩を、磐座・磐倉・岩倉(いわくら)という。

この八畳岩こそ中山における磐座の一つと考えられている。
ここで大祓詞を奏上させてもらった


鏡岩
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一番大きな岩の西面が鏡のように平らなことから‘鏡岩’の名がついた。磐座の一つとも考えられる。

中山にはさまざまな遺跡があるが、日没となり、すべて回るのは無理であるため、ここで打ち切った

さて、主宰者がなぜこの地の訪問を決めたのか、若干の引用をさせていただく

「吉備の中山は太古より神がおわす山の神奈備山(かむなびやま)として崇められ、古代祭祀跡、巨石遺構、古墳などがある隠れたる大聖地です。
山麓には吉備津神社(備中国一宮)と吉備津彦神社(備前国一宮)という、二つの一宮が鎮座しています。
吉備津彦神社は、太陽信仰の形態をとどめており、6月22日の夏至(昼が最も長い日)には、随身門から、太陽が昇り、吉備の中山にある元宮の方向に沈みます。
元宮とはその神社が最初にあった場所に祀られる場所です。吉備津彦神社の奥宮磐境は、重要な神様を祭る神社です」。

ということで、二つの一宮、その二つの一宮の背後にある中山、この三か所をツアー初日の訪問地としたのだ。


吉備津神社

備中国一宮である

吉備国が広いことから、備前、備中、備後と分けられ、それぞれに一宮がおかれている。
備前と備中の一宮は触れたが、備後の国の一宮は広島県福山市にある吉備津神社である。


主祭神は大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)、第7代孝霊天皇の第三皇子で、元の名を彦五十狭芹彦(ひこいせさりひこ)命(または五十狭芹彦命)という。

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本殿と拝殿は国宝である
これは「吉備津造り(比翼入母屋造)」と言われ、日本建築の傑作の一つと言われる。

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釜の鳴る音で吉凶を占う鳴釜の神事、また桃太郎伝説のモデルなどで知られているが、日没により、細部の見学が叶わず、ツアー初日の疲れを癒す宿に向かった



巨大国、吉備国が国土が広い故に三つに分けられた。
そして豊かな農産物を経済の要にしたのであろうが、海族故に交易で更に国を富ませたのであろう。


参考
吉備の中山を守る会

http://kibinonakayama.com/

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