人生は白い犬(=尾も白い)

人生をあれこれ楽しんでいます。

<< 2012-06- | ARCHIVE-SELECT | 2012-08- >>

| PAGE-SELECT | NEXT >>

>> EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

>> EDIT

伊勢路の旅-その5 伊雑宮へ

皇大神宮別宮 伊雑宮(いざわのみや) 

そして石神社へ




いよいよ今回の旅の主目的の一つ、伊雑宮に行く。

行こうと思ったきっかけは知人の薦めだ。
知人は、伊勢に行ったら、外宮そして内宮、レンタカーを借りて伊雑宮に必ず行くと言う。

前回採りあげた、天岩戸神社からはおよそ7キロ、車で約20分の行程だ。


P6170368.jpg
ここは、日本三大御田植祭の一つ、御田植祭(おみたさい・おたうえさい)が6月24日に行われることでも知られていいる。ちなみに、他の二つは、千葉県の香取神宮、大阪府の住吉大社のお田植である。
正称は「いざわのみや」であるが、通例「いぞうのみや」と呼ばれる。

P6170353.jpg
志摩国の一宮である。

P6170354.jpg
参道を進み、杜に入ると、なにやら氣のエネルギーが感じられるようだ。

P6170366.jpg
鳥居をくぐり、右手を見ると不思議な樹木がある。

P6170355.jpg

P6170357.jpg

P6170358.jpg

P6170365.jpg

P6170362.jpg

御祭神は天照大御神御魂、難しく書くと、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)であり、相殿には玉柱屋姫命(=伊佐波登美神)を祀る。
内宮からおよそ19キロ離れた場所にあり、天照大神の魂を祀ることから「天照大神の遙宮(とおのみや)」と呼ばれている。
804年(延暦23年)の『皇太神宮儀式帳』及び927年(延長5年)の『延喜太神宮式』には「遙宮」の記述が出てくる。

場所柄、漁師や海女の崇敬が篤く、この宮で「磯守」を受け、身につけて海に入るのが風習となっていると聞く。

この日は雨上がりで太陽がまぶしく、正に、アマ照らすであった。
駐車場で次の目的地をナビ設定し、クーラーをかけて、同行者達を待つが中々やってこない。

車に施錠をして、再び社にもどる。

同行者たちは木漏れ日に不思議な色を見ると言う。
しかし目を凝らして見るが、私には全く分からない。
そのうち手のひらでアマ照らされると、なんだか金ぱくのような細かいモノが浮かんでくるのが見え出してきた。
不思議だが、深く詮索しないで、そのままの現象として受入れることにする。

結局、知人が必ず訪れるという理由もはっきり分からず、次のところに向かった。




神明神社と石神社

鳥羽市相差町にある。

伊雑宮からはおよそ15キロ、車で約30分の行程だ。

訪れるきっかけは、伊勢市で内宮に向かう際に乗ったタクシードライバーからの情報を得たからだ。

ある程度の目的を定めて旅に出るのが quita風のやりかたである。
しかし、現地情報も参考にして、臨機応変に行き先を変えたり増やしたりもする。

相差町は海女の町、日本一の海女人口の町としても有名だ。
そして、何故か、ミシュランガイド一つ星にランクされている。

近年は、女性の願いなら一生に一度だけ叶えてくれるというスポットとして、女性に人気がある。


P6170369.jpg
神明神社の鳥居であるが、その前の参道脇に小さな社である石神社(通称というか愛称は石上さん)がある。
テレビで紹介されたせいか、若い女性の参拝客が多い。

石神さんは後回しにして、神明神社に向かう。

P6170372.jpg

P6170375.jpg
主祭神は天照大御神(天照皇大神)であるが、その他、25柱の神々を祀る。

神明とは辞書によると「祭神としての天照大神(あまてらすおおみかみ)の称。また、それを祭った神社」とある。
また辞書によると、天地神明という派生語は「天と地のあらゆる神々のこと」であり、「明」は「神」で、「神明」は「神々の」という意味になる。

掲げられた祭神の御名を注意深く読むと、古事記や日本書紀に出てくる天津神(高天原系)や国津神(土着の神、出雲系)に混じって、神となった人もある。


拝殿横には伊勢神宮遥拝所もある。

P6170374.jpg

そして戻って再び鳥居をくぐって石神さんを見てみる。

P6170378.jpg

P6170371.jpg
御祭神は玉依姫命(たまよりひめのみこと)、つまり神武天皇の母君である。


そして参道挟んで反対側には、このような説明書きがある。

P6170377.jpg

古神道ではなく、陰陽道の思想である。
陰陽道もまた、何故か若い女性に人気がある。

観察していると、カップルや若い女性連れが多い。
そして説明書きの通り、社務所で御守りを求めている。
また、置かれている紙に願い事を書き、それを社の前にある小箱に入れている。

テレビにでたためか、あるいはその他のメディア露出なのか、町興し、そしてビジネスとしての神社としての成功例になるだろう。

参拝客の少ない神社では、たとえ式内社(延長5年、927年、にまとめられた延喜式神名帳に記載された神社)であっても、氏子の減少化等による経済疲弊のため、社殿の修復もままならないところも多々あるし、宮司不在の社もあるのが現実なのだ。

有形文化財そして無形文化財の指定もない社では、悲惨な状態になりつつある、あるいはなってしまったものを多数見てきたので、有名な社や無名でも成功例としての社は、ある意味将来が安泰のような気がする。


さて、今まで見てきた伊勢の社との違いだが、おみくじが売られている。
そして社殿のスタイルがお寺のような建造物になっている。


これは、仏教が国教になった際、神道も仏教にならえ、ということで、社殿や拝殿が寺院スタイルになってきた。
本来、神道では、神は山におわす、であり、神様に用があれば山頂に登り、神様をお呼びして(典礼では‘降神の儀’)願い事を奏上し、お戻りいただく(同じく‘昇神の儀’)。
それが後に山の麓に社を築き、里宮とし、願い事が生じた場合、必要に応じて、降神し、昇神してもらう。

奥の院(上宮)、中の院(中宮)、里宮(下宮)などとでも、山頂から麓まで社寺のお宮が存在するのは、日本各地にあるだろう。
そこから、容易に推測できるのではないだろうか。

下野一宮としては二荒山神社がある。
それは、男体山山頂(奥の院)、中善寺湖そばの二荒山神社中宮祠(中の院)、そして東照宮近くの日光二荒山神社(里宮)となる。


これで「伊勢路の旅」を終わります。
ご訪問くださり、お読みくださって、ありがとうございました。
スポンサーサイト

| 神社 | 10:55 | comments:8 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT >>

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。