人生は白い犬(=尾も白い)

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来運神社

(鎮座地)
北海道斜里郡斜里町字来運117


(ご祭神)
不明


三年前、知床を旅した際、ホテルに「来運神社の湧水」というのが目につき、来運にひかれて神社に行ってきた


そして今年10月に知床を再訪した際、同行者の数名が行ったことがないということで、回り道をして行ってきた


近年、”願い事がかなう”とか”密かなパワースポット””縁起がいい”などのネット書き込みがあるので、密かな名所になっているようだ


改めて、色々眺めてきた


この地区は明治32年開墾された際、来運地区と名付けられた。”運が来る”との願いを込めてのことのようだ。


地名は元来アイヌ語で「ライクンナイ」、直訳すると『死者の沢』だという。


駐車場に車を止め、一の鳥居をくぐって奥に進むが、一の鳥居をくぐったところに湧水の汲み場があるため、ポリタンクなどの大型容器をもって水を汲みに来る住民が次から次へと来る

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ここは名水の里来運公園であり、英語、中国語、韓国語、ロシア語での案内文字もある。

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湧水は斜里岳(標高1,547m)に積もった雪が数十年の歳月を経て湧き出ていると言われ、その湧出量は毎分5トン、水温は摂氏6度前後という。

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二の鳥居をくぐると運水橋があり、「老化につき十分注意」「来運自治会」とある。
神域は自治会の管理なのだろう。
北海道神社本庁のHPで検索しても、本庁にこの神社の記載はない。
地方によくある、自治会が建てた神社なのだろう。

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拝殿脇には絵馬を取り付ける板がある。
絵馬やお守りは神社から約45㎞離れた道の駅うとろ・シリエトクで売られている。


拝殿内部を恐れながら覗いてみたが、ご祭神が分かる記述はなく、「豊年満作」「家内安全」「交通安全」「五穀豊穣」と記された紙が本殿手前の壁に貼られていた。


筆者は残念ながらスピリチュアルな印象は抱かなかったが、氣の流れのパワーは全身で感じることができた
道内に住む同行者の数名はすごく感激していた。

名水と神社の名前から訪れる人が多いので、観光資源になっている。
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| 神社 | 16:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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日本のレイラインを伊弉諾神宮で考える

筆者は知らず知らずのうちに日本のレイライン(ley line)的位置関係にある神社を訪れていた

過去のブログ記事では2012年9月1日アップの『武蔵国一ノ宮巡り―おまけ』で氷川神社と中氷川神社、氷川女体神社の位置関係に触れたが、これもレイライン的に捉えられる
↓   ↓   ↓   ↓   ↓
http://quitaviva.blog.fc2.com/blog-entry-60.html

さらに今年9月に訪れた上総一宮 の玉前神社では、玉前神社の西方向に出雲大社があることを知らされた
これによると、玉前神社―寒川神社―富士山―竹生島―元伊勢―大山―出雲大社と一直線に並ぶ

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あらためてレイラインの定義をウイキペディアで見てみると「古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという仮説のなかで、その遺跡群が描く直線をさす」。

レイラインでネット検索すると、富士山を軸とするレイラインなどの様々記事がある。

今回は12月に訪れた淡路島で「ひのわかみやと陽の道しるべ」と記された石板のレイラインを述べてみる

ある意味有名なモニュメントが置かれているのは伊弉諾神宮の境内である

伊弉諾神宮
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淡路国一之宮で日本最古の神社とされる

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この宮は、記紀(古事記・日本書紀)の冒頭、創祀が記されている。
伊弉諾(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)が最初に作ったのがオノゴロ島またはオノコロ島であり、これが淡路島であるとする説が有力なようだ。
いずれにせよ伊弉諾大神が、御子神の天照大御神(あまてらすおおみかみ)に日本国統合の権限を委ね、淡路の多賀の地に「幽宮(かくりのみや)」を構え、余生を過ごされた神陵の旧居が伊弉諾神宮の地とされている。
大神が終焉を迎え、その宮居に神陵を築いたのが創祀の起源とされるため、日本最古の神社と言われている

ひのわかみやと陽の道しるべ
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一の鳥居をくぐり境内を進むと、参道の左側に碑はある。

伊弉諾神宮を中心とした太陽の運行図
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一番古い神社がこの神宮だとすると、それぞれの社(やしろ)はそれ以降に創建されたことになる

そしてその位置関係は偶然なのか意図的なのかは定かではない

筆者が神社巡りを始めるきっかけとなったのは「そこに、その地に何故建てられたのか?」であり、渡来文化以降では大陸の風水という考えから町造りがされているようだが、渡来文化以前ではいったいどうだったのかが最大の私的関心事である

位置関係が正三角形であった東国三社巡りの鹿島神宮、香取神宮、息栖神社
三社が一直線に並ぶ、氷川神社
などなど、古今東西、外国でもたくさんある

来年はどんな位置にある社を訪れるのだろうか

それではまた来年

| 神社 | 15:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『古事記』 ―日本の神々を知ると豊富な知識が

数年も前になるが、財団法人入管協会から依頼され外国人留学生などに日本文化を紹介してほしいとの主旨の原稿依頼があった。何を書こうかと思ったが日本の古典である『古事記』を紹介することにした。

で、書き上げたのが協会発行の『国際人流』である。
以下は同誌9月号に掲載されたものを若干加筆修正してアップした。

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講談社学術文庫の上中下三巻


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角川ソフィア文庫 ビギナース・クラシックス 日本の古典は初心者向けに解りやすく書いてある



『古事記』
~日本の神々を知ると豊富な知識が~

 時代劇を見る。道場のシーンがある。セットには神棚があり、鹿島神宮と香取神宮の御札「鹿島大明神」と「香取大明神」、が決りごとのように飾られてある。何故だろう?

 そこで鹿島神宮の御祭神と香取神宮の御祭神をHPで調べてみる。前者は武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)、後者は経津主大神(ふつぬしのおおかみ)とある。二柱(*1)共に、出雲の国譲りで登場し、二度失敗している国譲りを三度目で成功させた神々である。武甕槌大神はその出生を遡ると、邪那岐命(いざなぎのみこと)の剣(つるぎ)から生まれた神で、剣の神霊とされている。一方、経津主大神は後の編纂となる『日本書紀』に現れるが、『古事記』では天鳥船神(あめのとりふねのかみ)として登場する。二柱共に出雲に出向き、稲左の小浜で十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて逆さまに突き立てて武威を表し、大国主命(おおくにぬしのみこと)に国譲りを迫ったという。このことにより、道場シーンに小道具として現れるのであろう。



武甕槌大神を御祭神とする鹿島神宮
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経津主大神を御祭神とするう香取神宮
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 古事記には様々な神が登場する。祭神の由来を神社で知るか、古事記で知るか、いずれにせよ、知識が増えて、話す内容が豊かになるだろう。

 さて古事記は、天武天皇の勅命により、稗田阿礼(ひえだのあれ)が伝承していた帝紀や先代旧辞を太安万侶(おおのやすまろ)が記録し、和銅5年(712)に献進した、日本最古の歴史書である。天皇家の系譜を基盤とし、様々な神話や皇室関係の古代伝説を物語として記述されたものである。上巻、中巻、下巻の三巻よりなり、上巻では天地が創造され、神々誕生となる神話部分から、鵜萱葺草葺不合命(うかやふきあへずのみこと)の誕生までが描かれる。天照大御神(あまてらすおおみかみ)の天の岩戸や弟神である須佐之男命(すさのおをのみこと)の八俣(やまた)の大蛇(おろち)、大国主神(おおくにぬしのかみ。大国主命)の因幡(いなば)の白兎、海(うみ)幸彦(さちびこ)と山幸彦(やまさちびこ)などといった、知名度の高い物語がある。

 中巻では神武天皇から応神天皇まで、下巻では仁徳天皇から初代女帝の推古天皇まで、歴史書などで見知った天皇などが描かれている。神話的性格を持つ上巻に対して、中巻や下巻は歴史へと結びつける記述が伝説も盛り込まれて叙情性豊かに描かれている。神々の系譜と誕生、地名の言われ、名門先祖の言われなどが登場する。

 中巻の神武天皇の東征では、高千穂宮のある日向(現、宮崎県)から宇佐(現、大分県)に向かい、瀬戸内海を経て難波(現、大阪府)から陸路と海路で、熊野(現、和歌山県)、吉野(現、奈良県)を経て、畝火(うねび)の橿原宮に入り東征は終わる。また八咫烏(やたがらす)に先導されて熊野から吉野に入る記述がある。この八咫烏は、近代サッカー紹介者の出身地、那智勝浦町に熊野那智大社があることから、敬意を表して、日本サッカー協会のシンボルマークになっている。
 また中巻には倭建命(やまとたけるのみこと)(『日本書紀』では日本武尊)が登場し、西征、熊襲(くまそ)征討では九州を平定し、東征では東国十二国(*2)を征討する。倭建命は、草薙の剣で火攻めを防いだ話などから静岡県に草薙や焼津の地名が残り、走水海を渡るとき后が入水し荒海を沈めたことから横須賀市には走水が残る。このように、地名などにも古事記の記述が出てくると、身近に感じられるではないだろうか。

 筆者には、神話的部分、神代を採り上げた上巻が特に面白く思う。神々や穀物などの生まれ方はどのような発想でそうなったかを想像すると面白い。例えば、黄泉の国から逃れた伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が禊祓(みそぎはら)えを行った際、左の目を洗うと天照大神が、右の目からは月読命(つきよみのみこと)が、鼻からは須佐之男命(すさのうのみこと)が生まれるといった具合だ。

 また、須佐之男命が大気都比売神(おほげつひめのかみ)に食物を求めた際、神は鼻や口、尻から食物を取り出し、調理して差し上げるのだが、命(みこと)は穢(けが)れた食物だと思い、神を殺してしまう。すると殺された身体から、頭には蚕が、目に稲の種、耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生まれ、五穀の種とされたとある。
 他の文化圏にも同様な逸話があるのだろうが、他と比べると特異かも知れない。

 さらに、三つの世界があり、天照大御神が天上界(高間原。たかまのはら)、上国(うわつくに)を、須佐之男命が地界、根国(ねのくに)、下国(したつくに)を治める。最後に残った上下間の国が葦原中国(あしはらのなかつくに)である。そこを天照大御神の御孫、邇邇芸命(ににぎのみこと)に統治が委任される。上国(うわつくに)には天津神(あまつかみ)、下国(したつくに)には国津神(くにつかみ)がおり、天津神は中津国(なかつくに)で国津神を従えて行く。この三つの世界は、天国と地獄のような概念ではないようだ。さらに、海のかなたにあると考えられた永遠の国、常世国(とこよのくに)、死者の行く地下の暗黒の世界、黄泉国(よみのくに)などの概念も出てくる。

 様々な神々が登場してくるので、一神教の人たちには理解できないかもしれない。その場合、キリスト教以前のギリシア神話やそれを継承したローマ神話と対比して説明すると分かりやすくなるかも知らない。

 さて、上巻にはポルノチックな表現も出てくる。上巻最初の方に伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)との出会いがある。そのシーンで、互いの身体の特徴を述べあうところだが、性器の形状の表現が出てくる。その後、天の御柱を伊邪那岐命が左から、伊邪那美命は右から回って出会った所で夫婦となり、島々を生み出していく。しかし最初に出会った際、伊邪那美命が「あなにやし、えをとこを」(ああ何と良い男だこと)と声を出してしまう。伊邪那岐命は「女人(をみな)先に言えるは良からず」(女が先に言うのは良くない)と言うが、そのまま夫婦となり、二人の御子を産む。しかし不具合として、御子(みこ)の数には入れていない。そして出会いをやり直した。後の世に女帝も現れるが、この場面では男性主導が望まれたのか。どうやら中国の思想の影響のようだ。

 またこれも上巻だが、八千矛神(やちほこのかみ。大国主の別名)の妻問い物語では、ベッドシーンを思わせる歌も出てくる。このように、所々に性的表現も登場する。

 さて、筆者はポルノチックな記述に惹かれて古事記を読んだわけではなく、神仏習合美術を追いかけるため、神職研修を修めたことによる。当然のことながら、様々な知識を覚えなくてはならない。その前提として、記紀(*3)を読む必然性が生じたのだ。とは言っても、記紀の存在を歴史の授業で学んだものの、難しい漢字だらけの古典を読むのは辛い。しかし小学生でも分かる古事記が、青空文庫にあることが分かった。PCで初めて読んだのが鈴木三重吉著『古事記物語』(初版1955年)である。古事記全巻から抜粋された内容で、難しい漢字も少なく、簡単に楽しく読めた。

 しかし更に読んでみたくなり、角川ソフィア文庫の『古事記』ビギナーズ・クラシックスを読むが物足りなくなり、全巻を網羅した講談社学術文庫『古事記』上、中、下、三巻を読んだ。角川も講談社も、まず漢字仮名交じり原文があり、次に現代語訳があり、解説があるというスタイルである。ありがたいことに、読みやすくするために、漢字にはルビが付けられている。また‘天皇’を‘すめらみこと’など、音読みを訓読みにするが分かってくると、読み下すのが心地よくなってくる。つまり、祝詞の文言と同様の読み方で読み進んでいけばよいことがわかったからだ。文中には祝詞と同じ文言もあり、今の祝詞が延喜年間(10世紀はじめから中頃)にほぼ整えられたことも思い出す。

 いずれにせよ、神社に行き、御由緒書きなどで御祭神を知れば、その神の役割から御神徳が分かったり、旅に出て地名の言われがわかったり、読めば、古事記に関連する様々なことが外国人にも分かりやすく説明することができるだろう。

 紙面の関係から、古事記の記述を小出しに書き、あるいは説明もあまり加えずに書き進んでしまった。これにより欲求不満となったら、あるいは関心が生じたら、古事記を読むしかないだろう。

 最後に、国際化時代の今、古事記を読むということは、温故知新である。日本人として自らを語る、それも他文化と比較して語る上では、極めて有用だ。先人は何故そのように感じ、また考えたのか。読み進めば、答えも出る。外国人と接し自国の文化を語る際、何故そうなるのかのヒントも見つけられるだろう。

 例えば、豊葦原水穂国(とよあしはらみずほのくに)、葦原中津国(あしはらのなかつくに。日本のこと)は「豊かに葦が茂り、稲の育つ国」であり、いかにも農耕民族繁栄の願望が読み取れる。これが遊牧民族の国だと、ハンガリーのフン族、フランスのフランク族など民族名が読み取れる。それぞれの文化は比較尊重することにより、互いの理解が深まるのではないだろうか。

*1柱;神の数え方。樹木や柱、串などを神霊の依(よ)り代(しろ)とする信仰からきている。
*2東国十二国:伊勢、尾張、三河、遠江、駿河、甲斐、伊豆、相模、武蔵、総、常陸、陸奥とされる。
*3記紀:『古事記』『日本書紀』

| 神社 | 15:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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鳥居とは、そしてその形

先月銚子市を訪れた。

最初の晩は宴会を楽しく過ごし、翌日は珍しい鳥居があるということで案内されたのが長九郎稲荷だ。

まずは車を降りて、多くの稲荷神社にある鳥居をくぐる
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そして社の正面に立ち鳥居を眺める
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この手の意匠のある鳥居は初めて見る

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そして境内にある神社の由緒を読む

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海側からのアプローチに進むと、黄色い鳥がある

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鳥居の中央に立てというサインなのだろうか
中央は正中(せいちゅう)といって神の通り道だから、人間が中央に立つのは控えなければならないのだが


こうなると鳥居というものがなんであるか再び考えたくなった

鳥居とは、神域の表示あるいは神社の門などとして建てられる建造物である。
発達の流れから考えると、垣(玉垣)や塀の間に設けた門柱としてできたものが様式化されたと考えられる。

鳥居の形は様々であるが、神職研修の時使用したテキストを見ると次のようになる。

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実際に自分で見て回り撮影記録したのもをいくつか採りあげて話してみよう。

このうち、原始時代にある地域を垣で囲い、入り口として二本の柱を建てたのが最初の形ではないかと推測できる。

奈良県にある桧原神社(元伊勢)のもの「標柱(しめばしら)」
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鳥居の原型とも言われる。

この神社には三輪鳥居もある。
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三輪鳥居は同じく奈良県にある大神神社(おおみわじんじゃ)のものがオリジンと思われるが、中央の他、左右に脇鳥居があるものである。
なお桧原神社は、大神神社の摂社である。

円柱二本の上部に円柱型の笠木を載せ、貫は柱内に止めるのが神明鳥居である。

栃木県上美川町にある白鷺神社の神明鳥居
p1010049上美川町白鷺神社

栃木県大田原市にある金丸八幡宮那須神社の神明鳥居
p1010243金丸八幡
木材ではない。

京都府福知山市にある元伊勢外宮豊受大神の神明鳥居
P6210126元伊勢外宮豊受大神社
ここの社の鳥居は木材の表皮を削がないままに建てられている。古来の様式を彷彿させる。

伊勢の神宮にあるのは‘伊勢鳥居’という。
伊勢神宮外宮の伊勢鳥居
P3201612外宮

最も普通の鳥居で、笠木や島木は反り、鼻はいずれも斜めに載り、額束が付く。
茨城県にある大洗磯前神社の一の鳥居
P1120047大洗磯前神社

明神鳥居の上には破風型の合掌のあるものは、山王鳥居という。
破風鳥居、総合鳥居などともいわれる。
山形県酒田市にある日枝神社の山王鳥居
p1010435日枝神社酒田市

鳥居の前後に合計四本の控柱(稚児柱)があるものを両部鳥居という。
栃木県と茨城県の県境にある鷲子山頂神社(とりのこさんしょうじんじゃ)の両部鳥居
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今回は十二パターン以上の鳥居の中から数点のみ紹介した。
他は別の機会に書いてみよう

| 神社 | 15:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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幻日を見た(~_~)

9月のカリフォルニア州シャスタ山ツアーで、シャスタ山の五合目をトレッキングしていたら幻日を見ることができた

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雲に彩がついているので、この手は彩雲というのだと思っていて、ある投稿サイトに『彩雲』としてアップしたら“幻日”(げんじつ)というのだと指摘された(・へ・)

で、あためて調べてみると、「太陽と同じ高度の太陽から離れた位置に光が見える大気光学現象のことである。なお、月に対して同じような光が見える場合もあり、この場合は幻月 (げんげつ) と呼ばれる」とあった

この英語訳が結構面白い
parhelion
sun dog
sundog
bright spot on either side of the sun caused by refraction of sunlight through ice crystals in the atmosphere)


そして昨年夏、筆者の書斎から南方向に現れたのが“彩雲”であり、過去に採りあげたことがある

彩雲
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「彩雲(さいうん)は、太陽の近くを通りかかった雲が、緑や赤に彩られる現象である。英語ではiridescent cloudsと呼ぶ。
瑞雲(ずいうん)、慶雲(けいうん)、景雲(けいうん)、紫雲(しうん)などともいう」。

記紀(『古事記』『日本書紀』)でもしばしば登場する吉兆の一つであるが、筆者は昨年から、彩雲や幻日をしばしば見ている

見た日と同日に「見た」と話したら、「見ていない」「気が付かなかった」などという人ばかりだ
人は空を見上げることなく一日を過ごしているのだろうか

今日は久々に秋晴れのいい天気で朝から長距離魚キングで汗を流したが、今朝の空の状況だと彩雲が眺められるのではと期待した

しかし結果は


さてカリフォルニア州北部に位置するコニーデ型の休火山シャスタ山は、カスケード山脈の中ではマウントレーニアに次ぐ標高第2位、4,300mっほど

シャスタ山は世界7大聖山の一つと言われる世界でも有数のパワースポット

世界7大聖山とは、日本の富士山、世界最高峰のエベレスト、エジプトのシナイ山、タンザニア・ケニアにまたがるキリマンジャロ、ペルーのマチュピチュ、アメリカのセドナ、そして、マウント・シャスタと言われる

シャスタ山
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2千数百メートルのところまで車で行くことができ、この日はパンサーメドウズ(シャスタ山中腹2316m)まで車で行き、そこから下るようにトレイルを歩いた
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そして歩き出して少したって幻日に気が付いたのだ

単なる気象現象の一つとは言え、記紀にある吉祥あるいは瑞相(ずいそう)だからしてなんだか嬉しくなる

しかし度重なる吉祥あるいは瑞相の目撃は何かいいことがある兆候なのであろうか、まだ空からのメッセージは的確には受けていない気がするが

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| 天体撮影 | 16:06 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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